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2012年01月05日

2011災害ボランティア記録

あけましておめでとうございます。
大変ご無沙汰しております。
昨年は何と4つしか記事を書いていませんでした。
しかも毎回近況みたいな…ダメダメですね(^^;
今年はもうちょっと書くようにがんばりますので、よろしくお願いいたします。
 
そうそう、昨年の話ですが、嬉しいこともありました。
まだ返事ができていないけれど、地元のママ友さんがブログを見たと、感想などをたくさん書いてメールしてきてくれました。
ブログのことは特に公にしているわけではないので、偶然見つけてくれると本当に嬉しいですね。
感謝、感謝です。
 
*  *  *  *  * 
 
さて、新年早々ですが前回中途半端だった災害ボランティアの記録をしておきます。
 
5月中旬。
日赤東京から日赤宮城へ行きました。
寝袋など一式と、長靴やヘルメットなど災害ボランティアの装備一式、そしてカロリーメイトなどの保存食と自分の飲み物を持参。
仙台にある合同庁舎の会議室を借りていたのですが、そこに寝袋を並べて宿泊し、そしてそこがいわば日赤宮城の中継地点になっていました。
何人かずつチームになって、朝7時頃に多賀城や気仙沼などそれぞれ割り振られたVCに車で移動し、さらに各VCでは朝その場でマッチングが行われ、様々な場所に派遣されて活動します。
私はずっと、亘理町VCからまちづくり協議会のテント(まちづくり協議会も被災したので)へ行って写真やアルバム、その他ランドセルなど遺留品の洗浄でした。
それらをまず水洗いし(海水で流されているため)、ブラシやハケ、筆、雑巾などで泥や砂の汚れを払っていきます。
泥や砂には汚物などの雑菌が混ざっていることもあるので、防塵マスクは不可欠です。
アルバムは卒業アルバムだったり結婚式のアルバムだったり赤ちゃんのアルバムだったり、昔の白黒写真だったり。。。
水に浸かりすぎると色が落ちてしまうこともあるので、注意が必要。
アルバムは1ページ1ページ、台紙とフィルムの間の砂まで払っていくので、結構な時間がかかります。
1冊2時間くらいかかることも。
9時から15時まで作業したとしても、1日3冊くらいしか進まなかったりするんですよね。
人海戦術です。
隣のテントでは、洗浄されて乾かされたアルバムなどの遺留品が展示されています。
避難所から見に来られ、実際に自分のものや知人のものを見つけて持って帰られる方もいたようです。
泥かきなどの肉体労働とは正反対の細かい作業でしたが、やりがいがありました。
アルバムはもちろんですが、最後にきれいにした子どもの宝箱のようなものも印象に残っています。
テントの近くでは仮設住宅の建設が進められていました。
 
7月末。
災害ボランティアの要領も分かったので、友人を誘って車を出してもらい、個人で気仙沼VCへ行ってきました。
日赤で行ったときは泥かきなどをした仲間から様子を聞く一方で実際に被災現場に行ったわけではなく、もっと見ておきたいという気持ちがあったので。
仙台市内のホテル泊。
この頃はもう流通も戻っていたので、ごはんなどは現地で食べ現地でお金を使うようにしました。
この帰りに宮城の被災地をひととおり見てまわったのですが、仙台市内などは被災家屋の瓦礫が撤去されどこかにまとめて集められているものの、気仙沼は被災家屋が倒壊したまま残されていました。
道にもガスボンベなどが転がったままになっていました。
そして「沼」というだけあって、震災から4ヶ月たっても水が引かない状態でした。
日中は引き潮なのだけれど、夕方になると満ち潮になるので水位が上がり、それとともに瓦礫などが運ばれてくるのだそうです。
ついでに、沖の方にしかいなかったカモメがやってくるようになったとか。
私はとあるおばちゃんのお家のお掃除に行きました。
おばちゃんは子どもの頃に病気をしたとかで目があまり良くなく、マッサージの仕事をしながら女手ひとつで娘を育ててきて、その娘が結婚して孫もできたので一緒に住むために2年ほど前に家を建てたのですが、そこが今回被災したお家でした。
といってもそのお家の周囲は何も残っていなかったり、残っていても増改築をして住むのが厳しいような状態。
おばちゃんのお家は、1階は壁をはがしてリフォームしないと無理だけれども、幸いにも、2階はまだ掃除すれば住めるような環境でした。
一緒に行った男性陣は側溝の泥かきなどを担当し、私ともうひとりの女性で2階の拭き掃除をしました。
時期が時期だったからか、大量発生していたハエとの戦いでした。
窓を開けるとハエが入ってくるので網戸にするのですが、どこぞの隙間から侵入してくるので殺虫剤が手放せません。
ジェット噴射で何匹倒したことか。
それでも最初よりは大分減ったんですって…最初は窓一面、ハエで真っ黒だったそう。
ところで2階は4部屋あって、バルコニーで繋がっています。
おばちゃんが休憩中に話してくれたのですが、バルコニーに外階段をつけて部屋を間貸ししようかと思っているそう。
なるほど、それはなかなか良いアイデアです。
マイナスになったものをゼロにしようとするのではなく一層のことプラスにしようとする発想、素晴らしいと思います。
前向きなおばちゃんに元気をいただきました。
苦労を重ねてきた人って、強いんですね。
 
9月だったかな?
今度はさらにもうひとり友人を誘って車を出してもらい、岩手が気になって陸前高田VCへ行きました。
仙台市内のホテル泊。
この時もお家に行ったのですが、1階内壁の石こうボードを全てはがすという作業でした。
私は収納を水洗いしてひと通り拭いた後、午後から合流。
男性陣がはがしていった石こうボードの残骸をガラ袋に入れたり、床を掃いたり。
工事現場のような光景でした。
おかあさんが休憩のときにおやつを持ってきてくれたのですが、ごはんがホットケーキに入っているという珍しいものをいただきました。
向こうでは普通にそういう食べ方をするのだそう、庶民的なあたたかい味でした。
 
*  *  *  *  *
 
今回の震災で、自分にはこのくらいしかできないのかって、たぶんほとんどの人が感じたのではないかしら。
でも、足を運ぶことが全てではないし、また寄付をすることが全てでもない。
今は災害復旧から復興支援に切り替わっていますね。季節も違えば、ニーズも違う。
みんなが少しずつ、その時その時、自分にできる精一杯を探してやっていけばいいんじゃないかなと思います。
 
今年が皆さまにとって平穏で実り多き、すてきな1年になりますように!
posted by スパイダーウーマン at 04:40 | Comment(3) | 糸を出す

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